20代の頃、母と一度だけ旅行した。行き先はなんとチベット。今から30年ほど前。初めての母子旅行がチベット。こんなとんでもない行き先、絶対我が家しかないだろうと思う。
先日書いた川口慧海の頃よりはずっと近代だけど。
古い話だがある意味貴重な体験なので書こうと思う。
↓主のいないポタラ宮。今も当時も主のダライ・ラマはいない。

●大人になってから初めての親子旅行は少し難しい
当時、母はあまり体調がよくなかったが、チベットに行きたかった。だから時間の都合のついた私が付き添いで急遽一緒に行くことになった。
行き先の選定はもちろん母。当時チベットは飛行機で行くしかなかったが、高山病が危険なため、途中で中国に何泊もして少しずつ高度を上げていき高山病を予防しながらチベットへ向かう。
きちんとした日本語ガイドさんのついたツアーだし、時間をゆっくりかけて高度を上げていくから、高山病に対しては比較的安心できた。ツアー料金はかなり高かったが、付き添いの私のために親が払ってくれた。
母は自由を求めて旅行しているから、あれこれ心配する付き添いの私は少々煙たかったと思う。それまで一緒に旅行したことがなかったから、お互いなんとなくぎこちなかった。私たちは一卵性母子ではないから、ちょっと大人の他人同士っぽかった。でも病気で不安な母を励ましながらチベット、ラサへ向かっていった。
●当時西蔵鉄道は作っている最中だった
中国本土からラサへ向かう西蔵鉄道については当時いろいろ言われていた。完成したらああなる、こうなる、と政治的な話をいろいろ聞いた…
そして完成し、便利になったのかもしれないが、ネットで見てみると、飛行機だろうが電車だろうが高山病に注意、というのは変わらない。いつか使ってみたい。
●素晴らしく美しいチベット
若かった私は当時西洋諸国は結構行っていた。アジアは「チベット」が初めてだった。それはただ素晴らしかった。旅好きの母が選定するだけある、と感動した。
本当に別世界を見た。当時観光客は白人が目立ち、ヒッピーっぽい人が自転車なんかをこぎながら長期滞在している様子が見られた。でも、基本観光客は少なかった。中国人も来るのが大変なところだったわけだから、中国人は仕事で在住している人が少しいるだけだった。
とにかく美しい良い旅行だった。当時の私の手持ちのお金では行けなかったから、付き添いで行ったが、むしろ、ついていけて良かった、生涯の思い出になった。
青く美しい湖も、ヒマラヤの景色も、チベット寺院も、はためくタルチョも、ラサで五体投地で祈る人々も、何もかもとにかく美しい。見たことない景色ばかり。祈りそのものが景色なのだ。
●チベットの人は顔立ちは日本人に似ている
チベット人の美男美女は塩顔タイプが多い。まだ観光客が少なかったせいか、皆、外国人である私たちにはにかみながら接してくれた。
チベット人が素朴か、というと、そうでもない。単に環境の問題だと思う。その5年後訪れたネパールでチベット人のお店に行くとチベット人は関西人か?と思うほどの商売っ気を出した逞しいチベット人がいっぱいだった。
今、もしラサが観光地化されて観光客でいっぱいなら、当時の素朴なチベット人はもうおらず、アジアの逞しさいっぱいの元気なチベット人になっていることだろう。
●どんなふうに変わったか見てみたいからまた行きたい
私もそこでチベットの人と一緒に祈りたい、私自身と、愛する人達のために。

