40年前、子育て中の専業主婦が海外旅行することは大変だった

40年前、当時30代の私の母が初めて行った海外はニューヨーク。そこには祖父(母の父)に深くかかわる場所があり、どうしても行きたかったらしい。

その後、南米やら中近東やらいろんなところへ行っていた。

私の母は若くして病気で亡くなったのだが、地理や歴史が好きで、生育環境的に海外の文化に触れる機会が多く、海外旅行にずっと行きたがっていた。

当時は働く女性が少なく、母も働いていなかった。

自由になるお金も家事の休みも少ない。

父は家のことをしない、子どもの相手、世話などしないサラリーマン。

母は自分のお金を様々な方法で貯め、株などで少しずつ増やし、夫である父に長年かけて「海外旅行に行きたい」と訴えた。

父は自分や子供の食事や洗濯などの家事が気になり、ずっと承諾しなかった。

社会も専業主婦が子供や夫を置いて海外旅行に行くことを許す風潮でなかったと思う。老後、家族や友達と行くことが主流だった。

当時、おじさんは妻や子を置いて仕事や付き合いの名目で旅行に行ってもあまり咎められなかった。

父はよく出張で日本全国やら時には海外へ行っていた。

ついに、私が中学生になるころから、母は私にバイト料として小遣いを渡し、留守中の家事を頼み、年に1度か2度、海外旅行に行くようになった。

その時の母の事前準備は相当なものだった。旅行に反対する夫に文句を言われぬよう周到な用意をし、バイトの娘に家事の一部をさせることでなんとか解決したらしい。

父はお金と家事の問題が解決すれば渋々ながら母を見送るようになった。

母が好む僻地には一緒に行く人がいなかったようで、むしろツアーで友達を作っていた感じだった。とにかく楽しそうだった。

父はしぶしぶ見送りつつ、あまり良く思っておらず、「自分が定年退職したら一緒に旅行する、それでいいじゃないか」と母に声をかけていたが、母は完全無視していた。

父の実家に家族で帰省する時、父はいつも身の回りの世話、子供の世話や準備全てを母にさせ、荷物持ちも、調べものなどの細かい用事も、全て妻任せ、自分は手ぶらでのんびりのお殿様、かつ相手に負担をかけていることにまったく気がつかないタイプ。

だから母はお父さんと一緒に海外旅行は絶対にしない、とこっそり言った。旅先で父といると雑用やお世話に追われ、楽しめない、と。

結局、母は父の定年よりもずっと早く死んだ。

「いつかは~」「定年後は~」というのを夢として持つのは自由だが、先送りせず、その時、実現に向けてエネルギーを使うことも大切だ。

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